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本帰国の光と影。海外からの逆算型家探しと、ワンオペの現実

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本帰国の光と影。海外からの逆算型家探しと、ワンオペの現実
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「いつか、その時は来る」

そう分かっていても、いざ現実味を帯びてくると、凄まじいプレッシャーに襲われるのが本帰国の準備です。特に子どもが4人、それぞれ年齢も進路もバラバラな我が家にとって、家探しと学校探しは、単なる引っ越し以上の「人生の大きな分岐点」でした。

「とりあえず実家の近くでいいか」という安易な選択では、きっと後悔する。そう直感した私たちが、海外にいながらどうやって「納得の拠点」を決めたのか。その生々しい舞台裏を公開します。

ちょんぷー

家がない分とっても自由だけど悩みもたくさん!!
本当に大変な1ヶ月で、なかなかひどすぎるスケジュールだから見て!!!

目次

辞令が出る前から始まっている「見えない準備」

朝のマーライオンとマリーナベイサンズ

帰国の足音は、ある日突然聞こえてくるわけではありません。「そろそろかな」という予感がした時から、水面下でのシミュレーションは始まっていました。

一番の重圧は、住む場所が子どもたちの「教育環境」を丸ごと決めてしまうということ。4人の年齢を並べ、それぞれの進学タイミングを書き出し、「どこに住めば全員が納得できる出口を見つけられるか」を自問自答する日々。我が家は幼稚園、小学校、中学校、高校とフルコンプ。

辞令が出てから動くのでは、遅すぎる。ある程度「予測」して、自分たちの軸を固めておくことが、カオスな帰国準備を乗り切る唯一の鍵でした。

我が家は家を購入していないのは辛い反面、大きなメリットでもあります。
どこでも選べるんですから!とにかく全体最適を考えて決めました。

学校探し:教育環境を軸にした「エリア選び」

私たちが最優先したのは、偏差値でもネームバリューでもなく、「出口戦略から逆算した場所選び」です。

高校受験、中学受験、そして小学校低学年の馴染みやすさ。インターから日本人学校を経て、再び日本の公立・私立へ戻る子供たちが、自分たちの「武器」を失わずに済む場所はどこか。

公式HPの情報だけでは、学校の「空気感」までは分かりません。そこで徹底したのが、SNSや口コミ、知人のネットワークを駆使した「裏どり」です。実際に通っている方の生の声を聞き、自分たちの教育方針と合致するかを一つひとつ確認していきました。
ラッキーなことに、情報通の友達がすぐに友達を紹介してくれ、さらに別の友達から高校の先生の情報まで得られたりして。ここなら間違いないななんて思ったりもしました。

家探し:内見なしで決めるリスクと「妥協できない条件」

海外からの家探しは、文字通り「戦い」でした。

私たちが最終的に選んだのは、茨城県つくば市。教育熱心な環境、豊かな自然、都心へのアクセスの良さ。そのバランスが、我が家の求める条件にピタリとはまりました。
大学の時に4年間暮らしていた街に戻ることになったんです。
元々は夫からの提案で、またまた〜と思ってたんですが、時々遊びに来るたびにつくばエクスプレスもできて東京にも通うことができ、ショッピングモールもたくさんあり、「いいじゃん!」と思うようになったのでした。

しかし、現実は甘くありません。 「いいな」と思ったマンションに電話をしても、返ってくるのは「ちょうど今、来られた方が契約されました」という言葉。海外からの遠隔操作では、タッチの差で負けてしまうのです。

結局、我が家が下した決断は、オンライン内見のみで「戸建て」に決めることでした。 譲れなかった条件はたった2つ。「4人が伸び伸び過ごせる広さ」と「学校への近さ」。それ以外は、すべて妥協しました。
なんならオンライン内見もいらないかなと思っていましたよね。提案してもらった時点でそこで決めますって言ったら引かれました。東南アジアで培われた適応力!

Googleストリートビューを見返し、周辺の坂道や自転車道の広さまで確認。結果的に、一軒家での生活は大満足でしたが、もしあの時決まっていなければ……と思うと、今でも冷や汗が出ます。
ものすごく殺気立ってましたよ私。

公立学校の「神対応」を引き出すための先回り

公立学校の手続きで最も重要なのは、「住民票を入れる前に動くこと」です。
(これは可能な自治体とそうでない自治体がありますが)

我が家は3月末まで住民票を入れられませんでしたが、入居先が決まった時点で市役所や教育委員会に問い合わせました。フォームから連絡をすることで対応してもらえると教えていただき本当に助かりました。 「まだ海外ですが、〇月〇日に入居します」 この一言で、住民票なしでも教科書の手配やクラス編成の相談に乗ってもらえました。行政は、こちらが誠実に、かつ早めに動けば、必ず力になってくれます。
地域によりますが、ぜひ問い合わせは早めに!公立校はどんなにギリギリでも対応してくれますが帰国子女受験は計画的にいかないと間に合いません。
お友達は少し前のタイミングで突然帰国が決まり、間に合うところに中学受験して見事合格していました!

スケジュール:帰国6ヶ月前からの逆算タイムライン

引っ越しの段ボール

本帰国の準備は「いつ何をやるか」のパズルです。

  • 6ヶ月前: 不動産サイトチェック開始。エリアの相場感と動きの速さを把握する。
  • 4ヶ月前: 学校の候補を絞り、編入条件や必要書類を確認。
  • 3ヶ月前: 物件の絞り込みとオンライン内見。決定。
  • 2ヶ月前: 学校への正式な連絡と、日本のライフライン(ネット、テレビ等)の予約。家電購入

このあたりで動ければ理想的だったんですけど・・・

辞令から入学式まで:1ヶ月で完結させた「超速」帰国タイムライン

本帰国のスケジュールは、往々にして残酷です。我が家の場合、正式な辞令が出たのは2月末。しかし、2026年春の「大移動」を無事に終えられたのは、実はその直前の「種まき」があったからでした。

「1月」の種まきが命運を分けた

実は帰国が決まる前の1月の一時帰国の際につくば市のリサーチを済ませ、不動産会社にも足を運んでいました。この時、地元の不動産屋さんと繋がりを作っておいたことが、後の「爆速対応」を可能にしました。

内示が出そうな段階で、すぐにラインやメールで連絡。当時、条件に合う物件はわずか5軒ほど。マンションはタッチの差で埋まっていく中、私たちが選んだのは「リフォーム済みの広い一軒家」でした。少し古いけれど、4人の子どもたちが伸び伸び過ごせる広さ。この「即断即決」ができたのは、直前にエリアの空気を知っていたからに他なりません。

引っ越しも仮予約しておく!

前回のタイを去る時もそうだったんですけど、1月末の時点で引っ越しを抑えておきました。
これもしてなかったら終わりでしたね。
年度末は引っ越し業者も予約を取るのが本当に大変です。
こういうところ評価してほしい!本当に。
コロナで移動することがすぐに叶わなかった時もかなり先手を打っていたのに「来るのが遅い」って言われたことも忘れない。海外の事情を知らないってそんなもんよね。はあ。

怒涛の3月:1分1秒を争うスケジュール

ここからは、我が家の実際のカレンダーです。これから帰国する方は、こんなひどいことはないと思いますが、本当にひどいでしょ?このことを私は一生忘れない!!
そして夫も忙しかったのでこの間ほぼ使い物にならず。フラフラになりながら日々過ごしてました。

  • 2月21〜23日:タイ旅行。嵐の前の静けさ。幸せだった頃。でも何となく帰るとは思ってた。
  • 2月24日あたり: 辞令。即座に学校退学手続き、家探し本格化。
  • 2月26日:卒パ中に電話が来てオンライン内見。即決。母助っ人来星(涙)
  • 2月27日:退学、バス解約など済ませる、パッキングや捨てる作業をひたすら
  • 3月9日、16日:引越し作業
  • 3月5日:中学卒業式
  • 3月10日:小学校卒業式、母と娘本帰国
  • 3月22日: 本帰国。※3月の航空券は早めの確保が必須!
  • 3月24日: 夫の単身赴任先をZOOM内見で決定。日本で家電を一気に購入。※配送は最短でも4/7。この「空白期間」の想定が必要です。我が家は実家と行ったり来たり。
  • 3月26日: 新居の鍵開け。そのまま制服購入、学校での手続き、幼稚園探し。一旦実家へ。
  • 4月5,6日:入居、学校スタート、航空便届く
  • 4月7日:トランクルーム届く
  • 4月末頃:船便届く

4月、全員合流と「入学式ラッシュ」

入居してから幼稚園探しをスタートして手続きを行い、その週末からは「連続入学式」。まさに、息をつく暇もないまま新生活の幕が開きました。実家と新居を何度も往復し、4月5日に私と夫、息子が先行入居。翌6日に家族全員が揃いました。
夫は単身赴任先に行き、またシンガポールに戻ったりもしたので、本当に実家の両親にお世話になりました。
元気だからいいけどさ、本当にこんなスケジュール無理だって!!!親孝行せねば。

【本音】「海外で楽しくやってたんだからいいだろう」という無意識の暴力

ここまで準備の進め方を書いてきましたが、実は私の心の中は、いまだに収まらない怒りで燃えています。
長年海外生活を送らせてもらったことに関しては本当に感謝しています。ただ一点、辞令のタイミングの遅さによる家族の疲弊ぶりは想像を絶するものでした。

今回、夫は単身赴任となりました。それも、会社から強制された形であるにもかかわらず、単身赴任手当も出ず、二重生活の費用は自腹という条件です。「今の家を社宅扱いにしているから」ということかもしれませんが、4人の子どもを抱えての生活費や二重生活の経費、社宅費も払うわけで。そして何より「ワンオペ」という精神的・肉体的負担は、到底お金で解決できるものではありません。

かつて人事や営業としてバリバリ働いていた私が、キャリアを中断して駐妻となり、どんな環境でも前向きに楽しもうと必死にやってきました。それなのに、帰国して突きつけられたのは「4人のケアを自分一人ですべて背負う」事が続くという現実です。

「海外で楽しくやってたんだから、これくらいの苦労はいいだろう」

会社側のそんな無意識の傲慢さに、私のアイデンティティは粉々にされた気分でした。今までの夫の尋常ではない忙しさ、そして家族の犠牲。これらを「当たり前」として片付けていいはずがありません。

実際に、こうした理不尽な環境下で追い詰められ、命を絶ってしまう人さえいるのが現実です。会社という組織は、その背後に「必死に家族を守ろうとしている妻や子どもがいる」という事実を、もっと重く受け止めるべきではないでしょうか。

会社の方も読んでくれているようですが、あえて、ここで問題提起をさせていただきます。
家族の犠牲の上に成り立つ「駐在」「本帰国」に、一体何の価値があるというのですか。

現場の家庭がどれほど疲弊しているかを知らない、立派な本社にいる人事や役員が決める『ルール』の価値とは、一体何なのでしょうか。

夫のキャリアを守るために、妻が自分のアイデンティティを削り、4人の子供たちが環境の変化に必死に耐える。それを「当たり前」として片付けられる世界。
「帰国子女ってずるい」という言葉がありますが、こういうことが裏側にはあるんです。
駐在も「異国の地で神経すり減らして戦ってきてお疲れ様!」というよりは「海外でいい思いしていずるい」くらいなんでしょうね。

だいぶポジティブな私でも書いてて泣けてくるくらい!!

全駐在員、駐妻を私は尊敬します!
みんな毎日本当にお疲れ様!!どんどん遊べ!!!!

結論:家も学校も「100点」は目指さない

これから帰国される方に伝えたいのは、「100点満点の準備なんて不可能だ」ということです。

完璧を求めると、情報量に溺れて動けなくなります。不便なところがあっても、住めば都。大切なのは、スペックの比較ではなく、「今、家族が一番笑顔でいられる場所はどこか」という直感を信じることです。
我が家はタイミングとしては完璧だったんですけど辞令のタイミングがねえ〜。
海外組は勘弁してよ、本当。

準備期間中、私を一番救ってくれたのは、同じ苦労を乗り越えた「経験者の生の声」でした。

この記録が、今まさに海外で頭を抱えている、しんどい思いをしている誰かの「確かな一歩」になれば嬉しいです。

本帰国の光と影。海外からの逆算型家探しと、ワンオペの現実

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この記事を書いた人

バンコク&シンガポール《海外在住10年》の4人子育て中ママ。
「タイ・バンコク情報」「シンガポール情報」「教育情報」を柱に、子連れ旅行を楽しむコツ、海外お得情報を発信
「旅育」を意識した大家族海外旅行が得意・家族でタイ周辺国制覇‼
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